スピリチュアル

スピリチュアルに目覚めたきっかけ

スピリチュアル
この記事の所要時間: 223

それは何でもないある日突然やってきました。
子どもを生んで1ヶ月もたたなかった時だと思います。
夜中に授乳をやりながら、ふと思いました。

わたしがその時ふと思ったこと。

それは・・・

つい先日まで、おなかの中にいたわが子が私の腕に抱かれて乳を飲んでいます。
おなかの中にいた頃、すぐ近くにいるのに顔も表情も分からなくて、一体どんな子がここにいるんだろう?と不思議で。
月に一度の妊婦検診の時に病院で見せてもらえるエコーに映ったわが子の姿は影絵のようで人間だという実感を持てませんでした。

しかし、私のおなかから出た後、こうして今、ここにいるこの赤ちゃん。

「一年前、この子はどこにいたのだろうか?」

去年の今頃は、受精卵にすらなっていなかった。受精卵になる前、この子はどこにいたんだろう?
確かにどこかにいたはず。
私の一年前は鮮明に覚えているのに、この子は何をしていたんだろうか?

とても不思議な現実に、その日はぐっすり眠れず、ただただ自分の元にやってきた赤ちゃんの奇跡を考え、考えれば考えるほど迷宮に入っていくようでした。

ただ、生命は単なる精子と卵子の合体で生じるものではないと何となく直感しました。

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江原啓之さんとの出会い

子どもを生んでからです、スピリチュアルなことに興味を持ちだしたのは。丁度、江原啓之さんがブームで、子育て本などを出されていたので片っ端から読んでみました。

江原さんは元々霊感が強いし、スピリチュアルなことをやっている方は人間離れした何かしらの能力を持っている人たち。当時は、スピリチュアルは選ばれた人がやるものだと信じて疑いませんでした。
そして私はスピリチュアルとは縁遠いけど、スピリチュアル的なことを少しでも実践していきたいな、子育ても宇宙の仕組みを利用したいな、なんて考えていたのでした。

スピリチュアルは日常

しかし、実はスピリチュアルは日常生活だと言うことを知ったのは、日本語の原型になったと言われる「カタカムナ」に出会ってからです。
「カタカムナ」は日本の神代文字で、「アイウエオ」の表記の中に森羅万象の世界を描いています。
そして、言葉ひとつひとつが、目に見えないものと目に見えるものから成るものとして形作られています。

日本語がそもそもスピリチュアルだったのです。

そして確かに、私の大正生まれの祖母の代くらいまでの人たちは、目に見えない存在を信じていました。

毎日がスピリチュアル体験

スピリチュアルが日常にあると確信して以来、毎日がスピリチュアル体験をしています。
私の目の前に起きた出来事全て、出会う人全てがスピリチュアルな奇跡。
あなたの日常もスピリチュアルな現実が怒濤のごとく起きているはず。


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